2006年03月12日

福祉ネットワーク「シリーズ “こころ”を育てる 第2回 “あそび”を生みだす学校〜建築家 町山一郎さん〜」(8)

(ナレーション)
 町山さん達は、学校を建てた時、全部で六つの門を作りました。
 地域の人達がどこからでも気軽に入ってこられるという工夫でした。

 しかし今、地域の人達が使えるのは正門だけ…

 他は全て閉鎖されています。

 各地の学校で犯罪が相次いだため、文部科学省から指導があり、やむなく閉じることになったのです。

[子供の声]
「いただきます。」
「いただきます。」

 一年生の教室は職員室のすぐそばに移されました。
 教師の目が常に行き届くようにという配慮からでした。

町永
「町山さん、正にこの学校は人と人とをつないでいく場にしたいということだったんですけど、一方で人と人がつながるのに非常に難しいこともある。

 ここの場合ですと地域に開かれている、構造的にも開かれていますね、これは最初からそういう狙いで…

 このことと安全というのは、町山さん、どんなふうにお考えになってますか?」

町山
「はい、最終的には、建物が町に開かれていて、そこに地域の人達が参画することによって、地域の目によって子供も守られる。

 また、子供達がいることによって地域の人もここに集まる拠点となる。

 そういう風な相互関係が出来て、子供の安全性も守られて、地域のコミュニティも育まれて、そういう風な場になることがもちろん一番望ましいと思うんですが…

 時々いろんなバランスが崩れると思うんですが、そういうことを乗り越えて、よりいいものが出来たらいいと思うんですけれど…」

町永
「バランスが崩れる、事件が起きるとピシャッとシャットダウンするように閉鎖するんでなくて、もう一回地域の側に問い直す、あるいは学校の側に問い直すという形で、やっぱり開かれた環境は維持していきたいというのが町山さんの思いなんでしょうかね…」

町山
「そうですね。」

町永
「地域のつながりを求める核になるために作ったというこの学校ですけど、もう時間が経ちましてですね、これから先もどんどん変わっていくかもしれないですね。

 子供達が減るかもしれない、高齢者がどんどん増えるかもしれない、これからのこの学校の役割は変わっていくかもしれません。
 その当たりはどんなふうにお考えですか?」

町山
「そうですね、子供の数がだいぶ減りました。

 ただ、これ以上は減らないんじゃないかと見通しをされているようなんですが、今も空き教室がありますので、もっと多様な使われ方がしてくる可能性があると思います。 

 それと、確かに小学校で子供のための空間ということがあるんですが、本当はですね、私は子供のための空間も、大人のための空間も同じだと思ってます。

 それから、障がい者のための空間も、お年寄りの空間も同じだと思うんですね。

 ですから、子供が今ここにいて、窓の外に緑が見えて気持ちがいいなとか、そういうふうに感じること、それは大人でも同じだと思うんですね。

 今オフィスということになりますとね、もう無機的になって、仕事の時間だからしょうがないというのがありますね。

 休みの日にはリゾートでそういう所に行く。

 生活が仕事とリゾートに別れてしまう。

 でも、気持ちのいい場所で仕事をして、外に出れば緑がある、そういう職場の方がもっと良かったりするかもしれないんですね。

 これは、いわゆる健常者とかいう人は、多分忍耐力が強いんじゃないかと思うんですね。

 子供とか、お年寄りになって体力が弱い人は、もう少しセンシティブになりますから、そこに敏感になってくる。

 でも、健常者と障がい者と分けられるんじゃなくて、連続的に変わってくると思うんです。

 そこのところで、健常者という一括りではなくて、その中にもいろんな人がいるんだという…

 そういういろんな人がゆったり出来る環境というのが求められているんではないかと思います。

町永
「子供とお年寄りが心地よかったら、その他の人はもっと心地よいかもしれませんね。

 お話伺ってますとね、バリアフリーって物理的な段差のことばかり言われてますけど、ある意味で環境のバリアフリーというか、意識のノーマライゼーションというのも自然に盛り込まれているのかなと、そんな印象も持ちます。」

町山「はい、そうですね。」

町永「今日はどうもありがとうございました。」

町山「ありがとうございました。」

(ナレーション)
 笠原小学校の設計に取りかかる際、町山さん達は「学校は町 町は学校」というコンセプトを打ち出しました。

 完成して22年。

 この学校は今、地域の大人と子供が顔見知りになり交流する場所になっています。

 子供達は、かつての空き地や路地のように遊びながら人と人とのつきあい方を学んでいます。

 笠原小学校は、これからも子供達と共に成長を続けます。
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2006年03月11日

福祉ネットワーク「シリーズ “こころ”を育てる 第2回 “あそび”を生みだす学校〜建築家 町山一郎さん〜」(7)

町永
「使い手の側が、どう、この意味合いを成長させていくかという、そんなことになりますね。」

町山「はい。」

町永
「その後教育問題が勃発というか、大きな問題になった時に、いろいろ新しい校舎の試みってありましたよね。

 解放教室であるとか、解放廊下であるとか、共通の教室であるとか…

 でもその後結局は、上手く授業が進まないということで、また元のように仕切ってしまったという例もあるということなんですけれども…」

町山
「小学校という施設はですね、公共施設としては、日本全国津々浦々に一番均等に配置されている施設ですよね。

 みんなほとんどは歩いていける。

 で、ほとんど全ての日本人は、かつて小学生だった訳です。
 一番なじみのある建物だと思うんですね。

 だから教育の場でもあるし、先ほど言いました生活でもありますけれど、地域のコミュニティの核としての性格がすごく大きいと思うんですね。

 小学生に教育をするということは、子供を育てるということだと思います。
 子育てにおいて、核家族という中でですね、非常に今分断された形で子供が育てられています。

 日常的にも、子供達が群れをなして遊ぶという機会がどんどん少なくなっています。

 で、分断された中で子供を育てているということは少し問題ではないかというふうに感じる所があります。

 よく、自分の子供は親が専属で育てることがいいんだと言われることもありますけれど、別のこともあると思うんですね。

 それは、子供をいろんな親が面倒を見て育てる。
 それから、子供が群れをなしてその中で子供が育っていく。
 そういういろんな事が合わさって子供が育っていく。

「子育ての共同化」というか、「地域化」というか、そういうことが本当は求められているんではないかと感じる所があります。

町永
「核家族で、マンションの一室で母親と子供だけがじっと閉じこもっているような中でいろいろな問題も起きてくる訳ですから、もう一回それを、思い切って地域で育てると…

 地域で育てるといっても考え方は分かるけれど、でもどうして良いか分からないと…

 そこにこういった学校がある、あるいは建築物があるということが、何か非常に大きな手がかりになるという気がしますね。」

町山
「この町でも、地元の方は割としっかりしたコミュニティがあったけれども、新しい住民との接点がない。

 かつては、そういう地域コミュニティというのがあって確立してたのが、工業化社会になって人の動きが激しくなりますと、そういう風なものが無くなってくる訳ですよね。

 そういった意味で、今社会の中から地域コミュニティというのが非常に薄くなってきていますし…

 その時に、小学校というのは核になりうる、非常にいい建物なのかなと思うんですね。

 ですから、この地域の人達が自分の子供がいるからここに集まって、そして親同士が新しいコミュニティを作ることも出来ますし…
 そうじゃない人も参加する核として学校が育って欲しいという想いがあります。」
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2006年03月10日

福祉ネットワーク「シリーズ “こころ”を育てる 第2回 “あそび”を生みだす学校〜建築家 町山一郎さん〜」(6)

(ナレーション)
 この学校のもう一つの特徴。
 それは、地域に開かれていることです。

 毎日のように様々な世代の人が集まります。

町永
「で、ここが…、陽だまりサロン。
 おじゃましまーす。」

陽だまりサロンの女性「どうぞ。」

町永「ここ、陽だまりサロン?」

陽だまりサロンの女性「そうです。陽だまりサロンです。」

町永「どういう所です?」

陽だまりサロンの女性
「そうですね、町の方が、0歳からお年寄りの方が、ここで囲碁をやったり、お母さん方が子育ての心配事とかお話ししたり…」

町永「学校の中にそういう所があるんですか?」

陽だまりサロンの女性「はい、そうです。」

[囲碁をやっている人に声を掛ける。]
町永
「こんにちは、皆さん。おじゃまします。
 勝負の行方はどうですか。」

男性「まあまあね、勝ったり負けたりです。」

(ナレーション)
 笠原小学校では、10年ほど前から児童の数が減り始め、開校当時の半分以下になりました。

 そこで、空いた教室を活用しようと、5年前、この「陽だまりサロン」が始まりました。

 休み時間になると子供達もやってきます。
 世代を超えた交流が自然に生まれています。

[男性が将棋を指している子供に声を掛ける。]
男性「何年生になるの?5年?何歳からやってるの?」

[子供が男性になぞなぞを出している。]
子供
「私は水を出します。
 ヘビみたいに細いです。
 私は長いです。回すとのびます。
 私は何でしょう?」

男性「なんだろなー。ホースかな?」

子供「当たり。」

男性「当たりか。よかったなー。おじさん偉いね。」

(ナレーション)
 隣の教室は、知的障がい者の作業所として利用されています。

 ここも、子供達の出入りは自由。
 障がいのある人達とも遊び仲間です。

 学校が地域の人達と知り合う貴重な場ともなっていました。

町永
「公共事業でも何でもそうですけど、箱物を作ってそれで終わり。

 建築って、作って終わりじゃなくて、ここも22年経ってますけど、それからどう成長させていくかということは、今度は利用者側の責務になると思いますが、その当たりはどんなふうに考えてますか?」

町山
「この宮代町ではですね、私たちの期待以上に上手く使って下さっているので、とてもありがたいですけれども…

 やはり建物が出来た時に、抽象的に美しいとか、格好がいいとか、そういうことだけではなくて、むしろ、人が生き生きと使っている場所というのが、一番価値が高いんじゃないかと思うんですね。」
posted by otoko-oya.管理人 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ番組(福祉一般) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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